アトピー性皮膚炎とは?
「かゆみ」を伴う「湿疹」が、慢性的に良くなったり悪くなったりを繰り返す病気です。
「アトピー」という言葉の語源はギリシャ語のATOPOSで、「奇妙な」「不思議な」「とらえどころのない」と言った意味です。1923年に報告され、命名されました。
全ての病態が解明されたわけではありませんが、今では(主に先天的な)皮膚バリア機能低下に外界のさまざまな刺激やアレルギー的な刺激が加わることによって発症し、慢性的な機械刺激・アレルギー反応が繰り返されることなどによって次第に悪化・慢性化していくと考えられています。
アトピー性皮膚炎の病態
アトピー性皮膚炎は、「バリア機能異常」と「免疫異常(アレルギー炎症)」、「かゆみ」の三位一体理論で説明されます。(図1)
(図1)アトピー性皮膚炎の病態 itch-scratch-cycle と 三位一体 理論
乾燥などが原因による「バリア機能低下」により、アレルギーの原因となるアレルゲンが容易に体内に侵入し、アレルギーを持つようになります。(図2)
(図2)乾燥肌とアレルギーの獲得
正常な皮膚
バリア機能の低下した皮膚(乾燥肌)
角層のバリア機能低下により、アレルゲンが侵入してくる
アレルギーを持ち「かゆみ」が生じて、かきむしってしまう事で、皮膚が傷ついて、さらにバリアが壊れてしまいます。
そうすると、さらにアレルゲンは体内に侵入し、さらに多くの物質にアレルギーを持つようになります。このサイクルを繰り返すことにより、アトピーは次第に悪化していきます。
アトピー性皮膚炎の治療
先ほどアトピーの病態で、三位一体理論を説明しました。「バリア機能異常」「アレルギー炎症」「かゆみ」です。逆に言えば、この3つの要素を取り除くことが、治療に結びつくわけです。
①原因の除去(アレルゲンの除去)
最も基本的で大事なことなのですが、最も難しいことだと思います。子供の頃は、アレルギーのある食べ物の除去などは可能ですが、大人になるとさまざまなものにアレルギーを持ってしまい、一つ一つ除去するのが難しくなります。ハウスダストやダニなども、ある程度は除去できても完全に除去するのは難しいです。ですので、自分が何にアレルギーがあるのかをある程度把握しておき、できる範囲で除去したり、避けたりするのが現実的なところで、幼少期より、できる限り保湿をして、皮膚のバリア機能を回復して、アレルギーを持たせないようにすることが大事です。
②保湿(バリア機能の回復)
乾燥肌の項目や先ほどにも書きましたが、乾燥肌をはじめとするバリア機能の低下状態において、ヒトはアレルギーを獲得しやすくなります。
アレルギー獲得の予防のため、幼少期からの継続した保湿は、今後の子供の長い人生において、アトピーと付き合っていく上でも最も大事な予防・治療になります。
僕のアトピー診療の上で最も重視することが、保湿とコンプライアンス(どれだけちゃんと塗り続けるか)です。長い目で見た時に、保湿はとても重要なことなので、ステロイドを塗るのが面倒な時でも保湿はなんとか続けて下さい。
③外用療法
アトピー治療の基本の一つですが、ここ数年でステロイド以外の外用剤も登場しています。
ステロイドを含め、外用剤をご紹介したいと思います。よく保湿剤とステロイドどちらを先に塗ればいいですかという質問を受けます。
どちらがいいというオフィシャルな決まりはないのですが、外用剤の多くが軟膏(油性基剤)でできているため、僕は保湿剤を先に塗ってから、外用剤を重ね塗りするように指導しています。
a)ステロイド外用剤
1952年に登場して以来、その優れた抗炎症作用により、多くの人を助けてきた外用剤の王様です。その圧倒的な切れ味とコスパによって、今も治療の第1選択薬となっています。その強さによってアメリカでは7段階、日本では5段階に分かれ、約30種類以上の外用剤があります。
僕は、よくステロイドを諸刃の剣に例えるのですが、ステロイド外用剤は、とても良い味方にもなってくれるし、自分の皮膚を痛める敵にもなります。大事なのは、医師も患者もしっかりとした知識を持って使いこなすことで、ただ漫然とステロイドを出し続けたり、出されるがままに塗り続けるのが最もダメなことだと理解して下さい。ステロイドは、しっかりと塗って症状を落ち着かせた後、いかに塗るのを減らしていけるかが大事です。そのための方法も考えられています。
ステロイドは、リアクティブ療法とプロアクティブ療法という塗り方があります。
リアクティブ療法:よくなるまでステロイドを塗って、よくなったらステロイドを塗るのをやめる。悪化したら、またステロイドを塗る方法。
プロアクティブ療法:よくなってステロイドを塗るのをやめると、すぐにまた悪化してしまう人のために、そしてステロイドを如何に塗る量を減らすようにするためにドイツで開発された方法。具体的には、症状が良くなった後もステロイドを塗るのをやめずに、3日に1回程度、症状が落ち着いている皮膚にもステロイドを塗り続ける方法。(図3)
リアクティブ療法
プロアクティブ療法
(図3)
b)プロトピック軟膏(タクロリムス)
1999年にアトピー性皮膚炎に適応をとった免疫抑制剤の外用剤で、40年以上ステロイド外用剤しか治療薬のなかったアトピー性皮膚炎に新しい光をもたらしてくれた塗り薬です。登場時に比べ、使う頻度は減りましたが、ステロイドに代替する薬として今も重宝しています。副作用はそれほど多くはありませんが、人によっては刺激感、ピリピリや灼熱感があり、使えない人がいます。
c)コレクチム軟膏(デルゴシチニブ)
2021年に登場したJAK阻害薬の外用剤です。ステロイドに比べると効果は弱めな印象ですが、ステロイドのような副作用がなく、安全に長期的に使える可能性のあるお薬で、皮膚の症状が落ち着いた後も定期的に塗ることで悪化を防いでくれます。
d)モイゼルト軟膏(ジファミラスト)
2022年に登場したPDE4阻害剤という最も新しい外用剤です。大塚製薬が独自に研究開発した今までと全くタイプの違う薬で、簡単にいうと細胞内のcAMPを増やし、活性化した炎症細胞を鎮めるように働くお薬です。効果は効く人と効かない人と分かれる印象ですが、コレクチム同様、ステロイドのような副作用がなく、安全に長期的に使える可能性のあるお薬で、定期的に塗ることで悪化を防いでくれます。
④全身療法
2010年ごろからアトピー性皮膚炎の考え方が変わってきました。単なる皮膚のアレルギー疾患という考え方から、時に内臓や血管までダメージを与える全身性炎症性疾患と捉えられるようになりました。理由としては、重症のアトピー患者さんで、動脈硬化や心血管イベントが多いことが示されてきたためです。そのためアトピー性皮膚炎の治療は、ただ皮膚にステロイドを塗るだけではなく、全身の炎症を抑えていくべきだと考えられるようになってきました。そしてこの5年ほどの間に、アトピーに対する新しい治療薬が続々と登場しました。
1.デュピルマブ(デュピクセント):皮下注射
2018年に登場した抗IL-4/IL-13レセプター抗体で、中等症以上のアトピー性皮膚炎に適応があります。この薬の登場によって、アトピー治療のブレイクスルーが起きたと言っても過言ではありません。この薬の登場により、なかなか良くならなかったアトピーが寛解に至る方が飛躍的に増えました。またこの薬の登場により、アトピー研究も飛躍的に進歩し、アトピー性皮膚炎の病態・メカニズムの解明も飛躍的に進みました。メカニズムは細かく言うととても難しいのですが、簡単に言うと、IL-4/IL-13をブロックすることにより、体の中で起きるアレルギーの反応を止めてしまう薬になります。副作用も少なく、安全性が極めて高い薬で、アトピーを治療する上ではメリットしかないと考えています。全員が全員に100%効くわけではありませんが、使ってみる価値は十分にあると思います。
2.ミチーガ(ネモリズマブ):皮下注射
2022年に登場した抗IL-31抗体で、中等症以上のアトピー性皮膚炎に適応があります。IL-31は、ヒト体内において、最もかゆみに関わるとされるサイトカインで、かゆみに対して、劇的な改善効果が期待されます。ただし、湿疹を治すわけではないので、外用治療の併用が必須になります。非アレルギー性のアトピー性皮膚炎に良い適応と考えます。デュピクセントと同じく、副作用がほとんどなく、非常に安全性の高い薬です。
3.JAK阻害薬(経口内服)
2020年のオルミエントを皮切りに、2021年リンヴォック、サイバインコと3剤のJAK阻害薬がアトピー性皮膚炎に保険適応をとりました。JAK阻害薬と言われてもピンとこないと思います。アトピーも含め、さまざまな炎症は、JAK-STAT経路と呼ばれるシグナル伝達経路を伝って引き起こされます。先ほど出てきたIL-4/IL-13のシグナルも主にこのJAK-STAT経路を介して炎症が伝わっていきます。JAK阻害薬は、この経路を阻害するお薬と考えて下さい。メリットは、よく効くこと、経口内服薬であること、12歳以上の小児にも適応があることで、デメリットは、高いこと、あれやこれやの検査が必要なこと、注射薬に比べ多少副作用を気にしないといけないことです。個人的には現時点では、デュピクセントが効果不十分であった場合の、切り札としての位置付けです。
a)オルミエント(バリシチニブ)
2020年にアトピー性皮膚炎に適応をとったJAK1,2阻害薬です。アトピーの項目で言うのもなんですが、オルミエントは円形脱毛症に保険適応をとりました。これまでステロイドを飲むか注射するしか治療法がなかった重症の円形脱毛症に初めて光を照らしてくれたお薬です。(しかもよく効く)
b)リンヴォック(ウパダシチニブ)
2021年にアトピー性皮膚炎に適応をとったJAK1阻害薬です。治験のデータでは、デュピクセントよりも良い結果を残しています。12歳以上で使用可能です。
c)サイバインコ(アブロシチニブ)
2021年末にアトピー性皮膚炎に適応をとったJAK1阻害薬です。こちらも治験のデータは良いデータを残しています。関係ありませんが、僕の世代では、このネーミングだとどうしてもDBのサイバイマンを思い出してしまいます。12歳以上で使用可能です。
4.ネオーラル(シクロスポリン)
2008年にアトピー性皮膚炎に適応をとった免疫抑制薬(カルシニューリン阻害薬)です。リンパ球(とくにヘルパーT細胞)に特異的に作用し、免疫・炎症を抑えることでアトピーの炎症を抑えます。この薬が2008年にアトピー性皮膚炎に保険適応をとるまでは、アトピーの全身治療はステロイド以外に何もなく、外用治療のみだったため、非常に助かりました。出番はだいぶん減りましたが、今も感謝しながら時々使わせてもらっています。年単位の長期的な使用は、血圧上昇や腎機能障害などの副作用があるため、高齢の方への使用は注意が必要なお薬です。
5.プレドニゾロン(プレドニン)
古くからある経口ステロイド剤です。短期的には大変よく効く薬で、素晴らしい抗炎症作用を持ちますが、容量依存性・期間依存性に副作用が出現するため、ただ漫然と継続するのは難しいお薬です。急激な悪化や症状がひどい時などに一時的に投与することがあります。